3GPP仕様の策定に至った経緯を調べる
はじめに
3GPP仕様書(TS ●●.●●●)に載っている仕様の、想定用途や策定に至る経緯を調査する方法について、一例をメモ代わりに残しておきます。
例:TS 38.214 Table 5.1.3.1-3: MCS index table 3 for PDSCH は何用途なの?
TS 38.214 v15.3.0
https://www.etsi.org/deliver/etsi_ts/138200_138299/138214/15.03.00_60/ts_138214v150300p.pdf
書籍や下記の技術ブログ等では上記MCSテーブルは、URLLC向けに符号化率を抑えたもの
と記載がありますが、大元のTS38.214にはそのような目的等は一切記載されていません。
ただ、どうみてもURLLC向けのMCSテーブルではあるので、この表が策定された経緯を
追っていきたいと思います。
①TS 38.214のどのバージョンから登場したか調べてみる
TS 38.214の各バージョンは下記からDLすることができます。
# Version 列の数字をクリックするとDLできます
https://portal.3gpp.org/desktopmodules/Specifications/SpecificationDetails.aspx?specificationId=3216
まず、初版と思われるv15.0.0を確認したところ、今回のMCS Table 3は存在せず、
v15.15.0には存在していました。ここから、2分探索的に絞っていくと、v15.2.0で初めて
登場していることがわかりました。
ということで、2018/6発行の直前あたりに議論が合意され、MCS table 3が追加されたと推測できます。
ここで、TS38.214 v15.2.0のAnnexにあるChange Histroy(改版履歴)を見てみます。
2018/6の改版は3つあるようですが、赤枠がURLLC関連のようで怪しい感じがします。
ということで、RAN#80のRP-181257を見てみることにします。
②過去のplenaryやWG会合の寄書を見てみる
①でRP-181257の寄書が怪しいことがわかったので、寄書番号でググってみます。
Topに3gpp portalぽいリンクがあるので踏んでみたところ、権限がないので見せられませんと言われてしまいました。
しかし、以前ご紹介したように3GPPの寄書はすべて公開されています。
なので、下記から探ってみましょう。
今回はRAN#80の寄書ということなので、下記にあるはずです。
Directory Listing /ftp/TSG_RAN/TSG_RAN/TSGR_80/Docs
ということで、こちらを見てみると探していたCR(ChangeRequest)が発見されました。
中身はまさに、MCS table 3の追加でした。
ちなみに、このCRだけでは本当の策定背景までは記載されていないので、
このCRが出されたRAN1#93の寄書も覗いてみることにします。
(RAN#80自体はCRを全体で承認するだけの場)
RAN1#93の寄書保管場所はこちらです。
https://www.3gpp.org/ftp/tsg_ran/WG1_RL1/TSGR1_93/Docs
こちらのフォルダに寄書一覧もあるので、これを見てみます。
●寄書一覧エクセル
https://www.3gpp.org/ftp/tsg_ran/WG1_RL1/TSGR1_93/Docs/TDoc_List_Meeting_RAN1%2393.xlsx
上記寄書一覧のエクセルでURLLCやMCSのキーワードでフィルタしてみると、
怪しい寄書が見つかりました。
中身を見ると、今回の調査で知りたかった目的・背景が記載されており、最後に
MCS table 3が登場していました。
ということでめでたく、TS38.214のMCS table 3はURLLC向けに標準化されたものだったことがわかりました。
他のTSの仕様にもこの方法が通用するかは微妙ですが、一例として参考になれば幸いです。
産業分野向け5Gのお話 (IIoT編)
今回は、5Gで注目されている産業分野(製造・輸送・電力・物流業界など。界隈だとVertical Domainと呼んだりもする)への5G利活用について、3GPPでの検討状況をご紹介したいと思います。
IIoT(Industrial Internet of Things)とは
産業分野に特化したIoTとして、Industrialの頭文字Iがくっついて、IIoTと
呼ばれています。1つ目のIが誤記に思われることがしばしばありますが、
Iが一個多い場合は、産業分野に特化した方か~と思いましょう。
産業分野に特化すると何が違うの?
モノの製造工場を例に考えてみると、下記の点がより他分野より強く求められます。
- 信頼性:ネットワークが切れて製造ラインが止まってもらっては困る
- 低遅延:制御が遅れた結果、思うような動作をしないと困る
- 時刻同期:色んな機械がタイミングを合わせて動いてくれないと困る
今の工場にある機械はどうやって動いているの?
全部が全部ではありませんが、上で述べた信頼性・低遅延・時刻同期といった要件を満たすために、イーサネットを拡張した産業用ネットワークを用いることが多いです。
例えば、CC-LINK、PROFINET、EtherCATあたりが有名です。
様々な製品がありますが、基本的にはPLC(Programmable Logic Contoroller)と呼ばれる装置を制御したい機械に取り付け、ネットワークとPLCを介して、機械を制御します。
単にネットワークを介して機械を制御するだけであれば、通常のイーサネットでも良さそうですが、冒頭でも述べたように産業分野は、信頼性・低遅延・時刻同期に求められる要求が高く、私達が通常、家や会社で使っているようなイーサネットではそれらを満たすことができません。
どうやって要件をみたしているの?
産業分野向けにリアルタイム通信(とその他)を実現するため、
TSN (Time Sensitive Network) が IEEEにて標準規格化されています。
規格 |
主な内容 |
IEEE 802.1AS |
時刻同期 |
IEEE 802.1Qbv |
スケジューリング |
割込処理 |
先述のCC-LINKやPROFINETも、近年はTSNへ対応しています。
(正確には、CC-LINK IE TSNやProfinet over TSNと呼ばれる)
で、5GとIIoT(TSN)に何の関係が?
基本的に、従来の産業用ネットワークは有線が前提でした。
それは、無線では信頼性・低遅延・時刻同期といった要求を到底満たすことができなかったからです。
一方、工場内のライン変更の都度、大掛かりなケーブル敷設をやりなおしたり、運用中にレイアウトを気軽に変更できないことから、これらのネットワークを無線化したい!といった要望は過去から多く存在していました。
そんな中、5Gで掲げられたURLCC(低遅延・高信頼)のケースにおける目標値は、
下記のように、かなり有線に近い値が語られています。
遅延: the target for user plane latency should be 0.5ms for UL, and 0.5ms for DL
信頼性: reliability requirement for one transmission of a packet is 1×10^(-5) for 32 bytes with a user plane latency of 1ms.
参照:TR38.913
ということで、上記が本当に実現できるのであれば、産業用ネットワークの大半を無線に置き換えられるかもしれない!といった機運が高まり、じゃあ本気でやろうと思ったら何が課題なの? が現在、3GPPや5G-ACIAといった標準化団体で議論されています。
5GとTSNの統合
IIoTの実現に向け、目下議論されている一つに、5GとTSNの統合があります。
イメージとしては、下記エリクソンのWebサイトにある、
figure.3 5GS integrated with TSN providing end-to-end deterministic connectivity
がわかりやすいと思います。
主要部分だけ抜き出すと下記のような感じでしょうか。
制御対象機器(Machine)と、それを操作するControllerの間にTSN Bridgeと呼ばれる、いわゆるNWスイッチに該当する装置が複数存在しています。
5GとTSNが統合された世界では、5Gの区間が、まるでひとつのTSN Bridgeであるかのように振る舞うことが期待されています。
その実現のため、新たにTT(TSN Translator)という要素の導入が検討されています。
TT (TSN Translator)とは
簡単に言うと、5Gのお作法と、TSNのお作法を調整して間をいい感じに
取り持ってくれる頼れる存在です。
UEとUPFといった、5GとTSNの境界に設置されて、具体的には下記の働きを期待されています。
いずれも、信頼性・低遅延・時刻同期といったTSNに求められる要素を、5Gシステムでも実現するための機能となっています。
IIoT標準化
3GPPでは
Release16でようやくTTの基本的な技術要素が議論され始めました。
TR38.825 Study on NR industrial Internet of Things (IoT)にSI(StudyItem)としての
議論結果がまとめられています。
Release17では、URLCCとセットにされて、下記の長いネーミングで議論が継続されています。
NR_IIOT_URLLC_enh (Enhanced Industrial Internet of Things (IoT) and ultra-reliable and low latency communication (URLLC) support for NR)
5G-ACIAでは
産業分野向けの5G利活用検討を主眼に置いた団体として、5G-ACIAというのもあります。SiemensやBoschといった産業機器大手ベンダと、各国のMNOが参加しており、
産業分野における5Gのユースケースや、それらに求められる要件を定義しています。
こちらは寄書ではなく、様々なホワイトペーパーを公開しています。
以前は3GPPにおいて、ユースケースや要件の策定まで実施していたようですが
昨今は、
①5G-ACIAでユースケースや要件定義
②3GPPにインプットして、仕様へ落とし込み
といった流れで、連携しているように見えます。
まとめ
・IIoTは産業分野向けに特化したIoTのこと
・特に5G×TSN統合によって、従来の産業用イーサネットの無線化がホット
・TT (TSN Translator) の実装が実現のカギ(と同時にURLLCも)
3GPPの眺めかた(RAN中心)
3GPPって何?
移動通信システムの規格化を行う標準化団体です。
3G(W-CDMA) ⇒ 4G(LTE) ⇒ 5G(NR)とそれぞれ規格を策定してきており、
大きくSA , RAN , CTの3つのグループとその配下のWG(ワーキンググループ)から構成されます。
ざっくりいうと、SAが次期の移動通信で実現したい絵を書いて、RANとCTがその実現に向けて無線領域やコア・端末領域で深堀り検討していくようなイメージです。
各グループはさらに複数のWGから構成されていて、RANに関して言うと、いわゆる物理層を検討するRAN1や、L2,L3プロトコルを検討するRAN2がアツい印象です。
3GPPは聞いたことあるけど、どうやって見ればいいの?
①規格化(標準化)されたものを見たい
→TS(Technical Specification)と呼ばれる仕様書を見てみる
https://www.3gpp.org/specifications/specification-numbering
5G全体を記載した有名どころは下記あたりでしょうか。
TS 23.501 |
System architecture for the 5G System (5GS) |
TS 23.502 |
Procedures for the 5G System (5GS) |
ちなみ、3GPPで見られるTSは基本的にdocx形式です。PDFが良い場合は、
"ETSI TS 23.501 "あたりでググると、ETSIによってダウンストリーム(=簡単に言うと、その地域の標準化団体で策定し直したもの。日本だとARIBとかTTC)された版ですが
閲覧可能です。(※基本的に内容は同じですが、微妙に3GPPの最新のものと版数は異なる場合もあるので、超上級者は3GPP版を見たほうが良いかと)
②今まさに規格化に向け議論されているホットな話題が知りたい
→
a.4半期毎に開催される、Plenary会合の寄書を見てみる
b.更に詳しく知りたければ、概ね隔月開催の各WG会合の寄書を見てみる
例えば、2020/9開催のRAN plenary の寄書は下記にて誰でも閲覧可能です。
https://www.3gpp.org/ftp/tsg_ran/TSG_RAN/TSGR_89e/Docs
(SAやCTも同様に↑のサイトからすべての会合の寄書を閲覧可能です)
…見てみたけど、寄書の数が多すぎて何を見ればよいかわからない!!!
と思うので、上記の2020/9開催RAN#89 plenary会合を通して、
私の眺め方をご紹介してきます。
Step1: Plenary会合の寄書一覧をDLする
Plenary会合は上記でも記載したように、4半期ごとに開催されます。
内容としては、概ね隔月で行われている、配下WGでの検討状況報告及び、
新たな検討項目や検討完了した項目の承認を得るための会合になります。
したがって、議論状況・結果のサマリを見るだけであればこちらを
見るだけで十分かと思います。
寄書が保存されているフォルダに、下記の寄書一覧エクセルがありますので、まずはこちらを見ていきます。
●RAN
https://www.3gpp.org/ftp/tsg_ran/TSG_RAN/TSGR_89e/Docs/TDoc_List_Meeting_RAN%2389-e.xlsx
●SA
https://www.3gpp.org/ftp/tsg_sa/TSG_SA/TSGs_89E_Electronic/Docs/TDoc_List_Meeting_SA%2389-e.xlsx
Step2:Status Reportで概要を把握する
上記の寄書一覧エクセルで寄書名 "Status"や "report"でフィルタしてみてください。
Status reportがいくつか見つかると思います。これらは発信者と宛先によって
内容の粒度が異なります。RANを例に取ると、大体以下なイメージです。
①RANからSAやCT宛のレポート
今回は、SAの寄書一覧エクセルに"①RANからSA宛のレポート"を見つけました(下記)
#逆に、RANの寄書一覧エクセルに、SAからRAN宛のレポートがあったりなかったりする場合もあり、内容は割愛しますが、上記のSP-200890の中身としては、
・Release17 の今後の議論スケジュール
・Release16 の仕様修正状況
といった全体スケジュールや、情報共有がメインで記載されています。
②RANの各WG毎のレポート
つづいて、もう少し詳しい内容を見るために、"②RANの各WG毎のレポート"を見ていきます。
これまた内容は割愛しますが、先程のSA宛のレポートとは異なり、各検討項目の
進捗状況が細かに記載されています。このレポートで、各WGでどんな項目を現在検討しているのか、といった項目一覧を読み取ることができます。
RAN2のStatus Reportから個人的にまとめた項目一覧です
(内容の細かいところの誤りはご勘弁を)
SI/WI |
検討項目名 |
概要 |
SI |
NR Sidelink Relay |
|
SI |
RAN Slicing |
スライシングのRANでのサポートに向けた、セル選択やRACH制御の検討 |
SI |
NR Positioning enhancement |
産業用途への適用を見据えた測位精度向上手法の検討 |
SI |
Red Cap (Reduced Capability) |
端末の複雑さ(アンテナ数、利用周波数等)を削減した際のカバレッジ影響等検討 |
WI |
NR Multicast |
V2Xと公共安全を対象に含めたMulticast/Broadcast検討 |
WI |
NR NTN |
衛星やHAPSなど非地上系ネットワーク実現に向けた検討 |
WI |
MR DCCA enhancement |
複数無線を同時利用してCAする際の機能拡張検討 |
WI |
NR IIOT URLLC |
IIoT適用(5G-TSN統合)に向けた、さらなる低遅延・高信頼化仕様検討 |
WI |
Small Data Enhancement |
小規模データ通信に特化した仕様拡張検討 |
WI |
UE power saving |
UEの省電力化に向けた検討 |
③各検討項目ごとのレポート
いよいよ、各検討項目の議論の中身をみていきます。一例として、
RAN Slicing について見ていきます。
同じく、RANの寄書一覧エクセルでStatus reportを見ていくと、
RP-201613 Status report for study on enhancement of RAN slicing for NR
がRAN slicingに関するStatus reportっぽいのでこちらを見ていきます。
内容としては、ざっくり下記の様な内容が記載されています。
- 検討状況の進捗:25%
- 現在までの合意事項
- 検討シナリオ
・スライス毎に異なる周波数を用いる場合
・同じ周波数で複数のスライスに対応する場合
-
- 今後の検討スコープ
・スライスに基づいたセル選択、RACH手順
・スライスに基づいて、どのようにアクセス規制を実施するか
上記時点(2020/9)では、まだこの項目がSI (=Study Item。仕様書(TS)検討の前の段階)かつ議論も序盤ということで、今後の検討スコープをどうする?が中心に議論されています。
2021年10月時点では、もう少し実装に向けた仕様検討も進んでいるので、
次回以降にご紹介できればと思います。
まとめ
・仕様を見たいだけであれば、TSを眺めると良い
・ホットな話題を知りたいのであれば、寄書一覧からStatus Reportを順に読むと分かりやすい
今後について
こちらの記事を加筆・修正しつつ、RAN slicingの現状やIIoT (Industrial IoT)に関しても記事を執筆予定です。